変位電流によってジュール熱は発生するか?

目次

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誘電体で満たしたコンデンサ (キャパシタ) に交流電圧をかけると変位電流のジュール熱により誘電体が温かくなるらしい。

  1. 変位電流によってジュール熱が発生するのは本当か?
  2. 発生するとしたらそれはどのようにマクスウェル方程式とジュール=レンツの法則から説明できるか?

経緯

EMANの物理の広江さんの以下のtwitter投稿をみたことによる。

そのあと筆者が広江さんと話して得た答えも以下のツリーにまとめた。

本記事はこのツリーをもう少し詳しく、 余談や他に考えたものも含めてまとめたものである。

ツッコミやコメントは大歓迎。

2023-07-02 誤りがありそうなことに気がついた。時間ができたら直す。

問に対する端的な解答

まず端的に答えを書く。熱が発生するのは実験事実として本当のことである。 それをジュール熱と呼ぶかは用語の問題であるが (ジュール熱は導体に関する実験で発見されたので)、 今では物体に電流 (いわゆる後述の分極電流も含む) が流れることによって生じる熱損失を全てジュール熱と呼ぶことが多いので、 よしとして良いだろう。

誘電体で満たしたコンデンサに交流電圧をかけると、 理想的な誘電体であれば、電流の位相は電圧に対して90度ずれる。 この状況では、誘電体中の変位電流 (正確にはそのうち分極電流部分) が交流電圧源によって生じる電磁場に対してする仕事と、 電場が誘電体にする仕事は同じ大きさであり、 エネルギーの吸収や放出を繰り返すだけであって、損失はないはずである。つまりジュール熱は生じない。 しかし、分極電流の位相が電場の位相に対して、90度からずれる場合にはそのずれの分はジュール熱が発生する。

詳細な説明

変位電流とは

まず変位電流とは電束密度 \(\mathbf{D}\) 1 の時間偏微分のことであった。

そして \(\mathbf{D}\) の定義は電場を \(\mathbf{E}\) 、物質の分極を \(\mathbf{P}\) として、

\begin{align} \mathbf{D} = \mathbf{E} + \mathbf{P} \end{align}

である。したがって、変位電流は

\begin{align} \frac{\partial \mathbf{D}}{\partial t} = \frac{\partial \mathbf{E}}{\partial t} + \frac{\partial \mathbf{P}}{\partial t} \end{align}

と表せる。右辺の分極の時間偏微分のことを分極電流と呼ぶ。2

ジュール=レンツの法則

ジュール熱とは電場が物質系にした単位時間あたりの仕事であり、\(\mathbf{E}\cdot\mathbf{j}\) で与えられる。 この法則は、電磁場から物質にされた仕事は全て熱に変換されてしまうという (ある意味悲しい) 意味をもっている。

エネルギー保存則の立場からこのことをもう少し詳しく見る。 電荷 \(q\) をもつ粒子が速度 \(\mathbf{v}\) で運動しており、それが電磁場から力を受けているとしよう。 電磁場が単位時間あたりにこの荷電粒子に対して行う仕事は

\begin{align} \mathbf{v}\cdot(q\mathbf{E} + q\mathbf{v}\times\mathbf{B}) = q\mathbf{v}\cdot\mathbf{E} \end{align}

である。これを単位体積当たりにして密度に直すと \(\mathbf{j}\cdot\mathbf{E}\) となる。 則ち電磁場は単位体積あたりの電荷に対してこれだけの仕事をするので、その分電磁場のエネルギーが失われていると解釈できる。3 そして、ジュールやレンツはこの失われたエネルギーが導体においては全て熱に変わっていることを発見した。

物質に電流を流し続けるには電場をかけ続ける必要があり、電場を \(0\) にしてしまうと程なくして電流は \(0\) に戻ってしまう。 電場によって物質に与えられたエネルギーは熱という形で散逸してしまうからだ。 これは導体であっても誘電体であっても (そもそも現実には理想的な導体や誘電体は存在しないが) 同じである。 実は、ジュール=レンツの法則は一般の物質に対して成り立つ法則なのだ。

オームの法則 (問に対する解答には関係ないという意味で余談)

電場と電流密度の間に比例関係が成り立つという法則で、導電率 \(\sigma\) という定数を用いて

\begin{align} \mathbf{E} = \sigma\mathbf{j} \end{align}

と表現される。これが真空中の自由な電荷において成り立たないことは自明だろう。力を受けていれば加速度が生じる。力学の初歩だ。 例えば、真空中で一様電場があるところに自由な電荷が存在すればそれは光速に向かって際限なく加速し続けるだろう。 オームの法則が成立するということは、電場による力を打ち消す力が存在することを意味する。

ここでは抵抗力と呼ぶことにしよう。抵抗力は電荷の速さの増加関数でないとならない。 電場によって電荷は速さを増していくが、それに応じて抵抗力もますため、加速がゆるやかになっていく。 やがて抵抗力と電場のローレンツ力が釣り合う速さになったとき、速さの変化が0となる。 これが巨視的に見たときのオームの法則の意味するところである。

抵抗力とローレンツ力が釣り合うのに要する時間は物質の種類や温度圧力などの種々の条件に依存する。 この時間が考えたい時間変化のスケールより十分に早ければ、 その時間スケールに粗視化した視点においてオームの法則は常に成り立つと考えて良い。

もちろん微視的なモデルを考えればこの描像は、微視的な個々の電荷の運動全体を平均化した結果得られるものとなる。 逆に言うとそのような粗視化を行って、この結論が得られない微視的モデルは正しくないとも言える。

ドルーデモデル (余談)

例えば、ドルーデモデルといわれる微視的なモデルでは、導体中の移動可能な電荷 (今日の理解では電子) が加速され、 物質中のなんらかの「障害物」によって減速するという、 縦軸を速さ、横軸を時間にするとのこぎりの刃のような運動を繰り返すという描像を考える。 この考え方では、導体中の移動可能な電荷が原則するときに「障害物」を介してエネルギーが導体に熱として移るという考え方をする。 ドルーデは導体中の電荷は平均的に緩和時間 \(\tau\) ごとに「障害物」に衝突して散乱し、 そして、散乱直後の電荷は散乱前の状態に依存せずにランダムな方向に跳ね返ると考えた。 これは則ち散乱直後の全ての電荷の平均速度を計算すると0になるということである。

したがって、単位電荷の運動量の平均値 \(\langle \mathbf{p}\rangle\) の変化は

\begin{align} \langle \mathbf{p}(t + \Delta t)\rangle = \left(1 - \frac{\Delta t}{\tau}\right)[\langle \mathbf{p}(t)\rangle +\mathbf{F}(t,\mathbf{x})\Delta t] \end{align}

と表せる。これは \(1 - \Delta t/\tau\) が散乱されない確率であることと、 ランダムな方向に跳ね返るという仮定から、 既に衝突した電子の運動量を合計するとほとんど\(0\) になることを考えれば納得できるだろう。

運動量の平均値の変化の式に \(F\) にローレンツ力の式を代入して、\(\Delta t\to0\) の極限をとると、

\begin{align} m\frac{d\langle \mathbf{v}\rangle }{dt} = q(\mathbf{E} + \langle \mathbf{v} \rangle \times\mathbf{B}) - \frac{m}{\tau}\langle \mathbf{v}\rangle \end{align}

という運動方程式に帰着する (もちろん \(v\) は光速より十分に小さいとする)。 抵抗力が \(m\mathbf{v}/\tau\) であるとし、その起源を平均 \(\tau\) ごとに起こる衝突に帰着したモデルともいえる。

一様な静電場によって定常状態が達成されたとき、その運動方程式は

\begin{align} 0 = q\mathbf{E} - \frac{m}{\tau}\langle \mathbf{v}\rangle \end{align}

となる。 移動可能な電荷密度 (自由電子の数密度)を \(n\) として電流密度が \(\mathbf{j} =qn\langle \mathbf{v}\rangle\) と表せることから

\begin{align} \mathbf{j} = \frac{nq^2\tau}{m}\mathbf{E} \end{align}

とオームの法則が導ける。

電気回路でのオームの法則とジュール=レンツの法則 (余談)

電気回路でのオームの法則は定常状態の導体による閉回路においては起電力 \(V\) と電流 \(I\) の間に比例関係

\begin{align} V = IR \end{align}

がなりたつという法則で、比例係数 \(R\) は電気抵抗と呼ばれる。 これは先の電場と電流密度に対するオームの法則から導ける。

導体回路 \(C\) に一周あたり起電力 \(V\) が作用している状況を考える。 回路 \(C\) は十分に細いとして、その回路に沿った積分経路を考えると、

\begin{align} V = \oint_{\mathbf{x}\in C} \mathbf{E}(t, \mathbf{x})\cdot d\mathbf{l(\mathbf{x})} \end{align}

である。今は導体形状の時間変化は考えないことにする。 また、電場の時間変化は、導体になされた仕事が熱に変わる時間スケールより十分に遅いとする。 導体が一様な材質であれば、 起電力によって閉回路の接線方向に一様で定常的な電場が導体中に生じるだろう。 したがって回路 \(C\) の長さを \(L\) とすれば \(|\mathbf{E}|=V/L\) となる。 この電場に対して先のオームの法則を代入すると、閉回路の接線方向に大きさ \(|\mathbf{j}|=\sigma V/L\) の電流密度が生じることになる。

一方、電流は断面積 \(S\) を用いて (それは十分に小さいとする)

\begin{align} I = |\mathbf{j}| S \end{align}

と表せる。

以上より

\begin{align} I = \frac{\sigma S}{L}V \end{align}

となり、\(\sigma S\neq 0\) であれば、

\begin{align} V &= IR\\ R &= \frac{L}{\sigma S} \end{align}

となる。 導体の太さを考えなければいけないケース (\(S\) が効いてくるケース) はちょっと難しそうだ。4

ジュール=レンツの法則は、導体に対する仕事の密度が \(\mathbf{j}\cdot\mathbf{E} = \sigma |j|^2\) であることから、 それに断面積と長さをかけて、

\begin{align} \sigma |j|^2 LS = RI^2 \end{align}

となることがわかる。

なお、別に閉回路を形成していなくても、 導体になされた仕事が熱に変われる程度の長さのある金属に対しては、 これらの法則を適応できる。積分経路 \(C\) が一周ではなく導体の端から端になるだけで他は全く同じである。

物質中のマクスウェル方程式と分極電流

誘電体で閉回路を構成して前節のような静的な起電力を与えても、もちろんオームの法則は成り立たない。 導体ではその外には自由に出られないが、そのなかでは自由に動きまわれる電荷が存在するのだが、 誘電体中にはそのような電荷は存在しないからだ。 しかし、それをもって誘電体中に電流が存在しないなどというのは早計である。 あくまで電流とは電荷の移動であり、誘電体であっても電荷の移動はおこる。 その結果いわゆる分極と呼ばれる現象が生じるのだ。 分極が生じるということは電荷の移動があるということで、つまり電流は生じている。 導体のように自由に動けないだけであって、まったく動けないわけではないのだ。 誘電体に電流が流れないというイメージは誤りである。

さて、分極を生じるということは電荷の移動が生じている。 というか因果関係が逆で、電荷の移動、つまり電流が生じた結果として分極が生じる。 外部から電場が印加されると、物質中の電荷が移動し (電流が生じ) 外部からの電場を打ち消す。 つまり分極とは要するに電流が生じて電荷の移動が終わったあとにできる電荷密度分布が作る電場に負符号をつけたものにほかならない。

誘電体中の電荷密度分布を \(\rho_{b}\) 電流密度分布を \(\mathbf{j}_{b}\) としよう。誘電体中の電荷が保存するとすれば、

\begin{align} \frac{\partial \rho_{b}}{\partial t} + \nabla\cdot\mathbf{j}_{b} = 0 \end{align}

が成り立つ。これをまず仮定する (これは普通の室温の条件では妥当なはずだ)。

まず電荷密度について考える。 マクスウェル方程式から、 この電荷密度が作る電場 \(\mathbf{E}_b\) は

\begin{align} \epsilon_{0}\nabla\cdot\mathbf{E}_{b} = \rho_{b} \end{align}

を満たす。 ここから分極を、

\begin{align} \mathbf{P} = -\epsilon_{0} \mathbf{E}_{b} \end{align}

と定義する。 誘電体外の電荷密度を \(\rho_0\) とする。 全系の電場 \(\mathbf{E}\) を考え、 それと分極の和をとった新しい場 \(\mathbf{D} = \epsilon_0\mathbf{E} + \mathbf{P}\) を定義すると、 真空中のマクスウェル方程式

\begin{align} \epsilon_0\nabla\cdot\mathbf{E} = \rho_{0} + \rho_{m} \end{align}

から、この場 \(\mathbf{D}\) は、

\begin{align} \nabla\cdot\mathbf{D} = \rho_{0} \end{align}

を満たす。

次に電流密度について考える。 無限遠で \(\mathbf{j}_{b} = 0\) とすればいわゆる縦成分 \(\mathbf{j}_{b}^{\parallel}\) 横成分 \(\mathbf{j}_{b}^{\perp}\) への分解が可能なことが知られている (Helmholtzの定理)。 つまり、

\begin{align} \mathbf{j}_{b} = \mathbf{j}_{b}^{\parallel} + \mathbf{j}_{b}^{\perp} \end{align}

と表せる。 縦成分の意味は

\begin{align} \nabla\times\mathbf{j}_{b}^{\parallel} &= 0 \end{align}

である。横成分の意味は

\begin{align} \nabla\cdot\mathbf{j}_{b}^{\perp} &= 0 \end{align}

である。

横成分は発散が \(0\) であるので、磁場に対するベクトル・ポテンシャルと同様あるベクトルの回転のみで表せる。 この事実とマクスウェル方程式の形を考えると、こうした発散のない渦電流は電場を発生させず、ただ磁場だけを発生させることがわかる。 電流密度 \(\mathbf{j}_{b}^{\perp}\) が作る磁場を \(\mathbf{B}_{b}\) とすれば 真空中のマクスウェル方程式より、

\begin{align} \nabla\times\mathbf{B}_{b} = \mu_{0}\mathbf{j}_{b} \end{align}

である。 ここから磁化を

\begin{align} \mathbf{M} = \frac{\mathbf{B}_b}{\mu_{0}} \end{align}

と定義する。

また、誘電体中の電荷保存の式とここでの分極 \(\mathbf{P}\) の定義を用いて

\begin{align} \frac{\partial \mathbf{P}}{\partial t} = \mathbf{j}_{b}^{\parallel} \end{align}

がわかる。これを分極電流と呼ぶ。

誘電体外の電流密度を \(j_{0}\) とし、全系の磁場を \(\mathbf{B}\) とすると、 新たな場 \(\mathbf{H} = \mathbf{B}/\mu_0 - \mathbf{M}\) を定義すれば 真空中のマクスウェル方程式、

\begin{align} \nabla\times\mathbf{B} - \epsilon_0\mu_0\frac{\partial \mathbf{E}}{\partial t} = \mu_0(j_{0} + j_{b}) \end{align}

より、新たな場 \(\mathbf{H}\) は

\begin{align} \nabla\times\mathbf{H} - \frac{\partial \mathbf{D}}{\partial t} = j_{0} \end{align}

を満たすことがわかる。

物質中のマクスウェル方程式とは、このように電荷が保存する部分系の作る場を考えることによって導出できるもので、 分極 \(\mathbf{P}\) と 磁化 \(\mathbf{M}\) は物質中の電荷密度、電流密度が作る場を単に言い換えただけに過ぎない。 しかし、物質中の電荷密度や電流密度というのは測るのが難しい量なので、物質外部と内部を分離して方程式を書き、 内部の応答が外部の場をどれくらい打ち消すかというわかりやすい形に定式化したという意味がある。5

ここまでみれば、電磁場と分極、磁化との単なる和である \(\mathbf{D}\) と \(\mathbf{H}\) は計算のための補助場にすぎず、 本質的に重要なのは \(\mathbf{E}, \mathbf{B}, \rho, \mathbf{j}\) の4つだということが納得できるのではないだろうか。6

分極の線形応答

物質の分極が外部電場に対して線形に応答すると仮定する。 外部電場としては平面単色波 \(\mathbf{E}(t) = \mathbf{E}_{0}\cos(\omega_{0} t)\) を想定する (ようやく一番最初の問に戻って交流電源が平板コンデンサの間の誘電体に与える電場を考えている)。

物質の磁化 \(\mathbf{M} = 0\) とする。 電場は分極しか誘起できない。

最も単純な線形応答

まず最も単純な応答として

\begin{align} \mathbf{P}=\chi\mathbf{E} \end{align}

とすれば分極電流は

\begin{align} \mathbf{j}_{b}^{\parallel}= -\omega_{0}\chi\mathbf{E}_0\sin(\omega_{0} t) \end{align}

である。

一般の線形応答

時間遅れや過去の影響までを考えると、応答関数を \(\chi(t)\) として

\begin{align} \mathbf{P}(t) = \epsilon_{0}\int_{-\infty}^{\infty} dt'\chi(t' - t) E(t') \end{align}

と表せる。 因果律が満たされるとして \(t<0\) で \(\chi(t) = 0\) であるとする。また \(\chi(t)\) は実数関数とする。

この式は見かけはゴツいが各時刻各時刻の応答 (一般には瞬時には終わらず後の時刻に影響を与える) を過去から 現在に足し合わせているだけの式である (Wikipediaの畳み込みをみるとイメージがつかみやすいかもしれない)。

フーリエ変換して周波数領域で考えると、

\begin{align} \tilde{\mathbf{P}}(\omega) = \epsilon_{0}\tilde{\chi}(\omega)\tilde{\mathbf{E}}(\omega) \end{align}

となる。

物質ごとの応答関数を与えるのは物性物理学の仕事だが、今回はとりあえず一般形として

\begin{align} \tilde{\chi}(\omega) = \chi_{R}(\omega)\exp(-i\chi_{\theta}(\omega)) \end{align}

とおく。電場が単色波の場合は簡単に逆フーリエ変換できて、 \(\chi(t)\) は実数であることも用いると結局、

\begin{align} \mathbf{P}(t) = \epsilon_{0}\chi_{R}(\omega_0)\mathbf{E}_{0}\cos(\omega_{0} t - \chi_{\theta}(\omega_0)) \end{align}

となる。

前節の線形関係は \(\chi_{\theta}(\omega_0) = 0\) (瞬時応答)という特別な場合であることがわかった。

微視的モデルからの応答関数の導出例

もっとも簡単にはドルーデモデルから誘電関数計算することができる。 これは金属の光学応答を定性的によく説明する。

ドルーデ・ローレンツモデルは、ドルーデモデルに対して更に復元力をつけ加えたモデルである。 則ち各電荷の変位を \(\mathbf{u}\) として

\begin{align} m\frac{d^2\langle \mathbf{u}\rangle }{dt^2} = q\left(\mathbf{E} + \frac{d\langle \mathbf{u} \rangle}{dt} \times\mathbf{B}\right) - \frac{m}{\tau} \frac{d\langle\mathbf{u}\rangle}{dt} - \omega_b^2 \langle \mathbf{u}\rangle \end{align}

これらからどのような応答関数が得られるかは興味のある読者各位が調べてほしい。たくさんの解説記事が見つかると思う。

またもちろんこのような古典的なモデルではなく量子力学を使ったモデルもたくさんある。

分極電流のジュール熱

導体であろうと誘電体であろうとジュールの法則は正しかった。 つまり電場が物質にした仕事は結局熱として散逸してしまう。 したがって、ジュール熱がどれほど生じるかは、電磁場がどれくらい物質に仕事をしたかを計算すれば良い。 交流の場合は1周期でどれくらいやりとりがあるかを調べれば良い。

\begin{align} &\int_{-\pi/\omega_0}^{\pi/\omega_0} \mathbf{j}_{b}(t)\cdot\mathbf{E}(t) dt\\ &= \epsilon_{0}\omega_{0}\chi_{R}(\omega_0)|\mathbf{E}_{0}|^{2} \int_{-\pi/\omega_0}^{\pi/\omega_0} \cos(\omega_{0} t) \sin(\omega_{0} t - \chi_{\theta}(\omega_0)) dt\\ &= \frac{1}{2}\epsilon_{0}\omega_{0}\chi_{R}(\omega_0)|\mathbf{E}_{0}|^{2} \int_{-\pi/\omega_0}^{\pi/\omega_0} \left[\sin(2\omega_{0} t - \chi_{\theta}(\omega_0)) + \sin(\chi_{\theta}(\omega_0)) \right] dt\\ &= \pi\epsilon_{0}\chi_{R}(\omega_0)|\mathbf{E}_{0}|^{2} \sin[\chi_{\theta}(\omega_0)] \end{align}

則ち分極の位相遅れが \(0\) のときは損失 \(0\) でありジュール熱は発生しないが、 位相遅れがあるときはそれによる損失が生じることがわかる。

電気工学のいわゆる \(\tan\delta\) や誘電正接と呼ばれる量はこの位相のずれを表現したものでコンデンサのスペックシートにはたいてい書いてある。 GHz領域の高周波を扱う場合には気になってくる量である。

位相ずれが高周波ほど大きくなり、結果損失が大きくなることは直感的にあきらかだろう。 物質中の電流の速度が電場の速度に対して追随できくなってくれば位相の90度からのずれがどんどん大きくなるからである。 最終的に極限まで周波数が高くなると電荷は動かなくなるので実効電流が0になるだろうか。 そこまで高くなると違う応答 (光電効果とか?) を考えないといけないかもしれない。

回路理論による誘電損失の取扱い

回路理論ではエネルギーの損失を全て抵抗として扱い、コンデンサは理想的に電圧に対して90度位相のずれた電流を返すものとして扱う。 この考え方のもとでは、現実の、位相遅れをもち熱損失のあるコンデンサは 損失のない理想コンデンサ \(C\) とそれにに対して並列に入った寄生抵抗 \(R\) として表現される。7

理想コンデンサに流れる電流 \(I_C\), 寄生抵抗に流れる電流 \(I_R\) とする。 もちろんジュール熱は \(R I_R^2\) であり前節の結果を用いると 電場の振幅を \(E_0=V_0/d\) として (\(d\) はコンデンサの電極間の距離)

\begin{align} R I_R^2 = \frac{1}{d^2}\pi\epsilon_{0}\chi_{R}(\omega_0)V_{0}^2 \sin[\chi_{\theta}(\omega_0)] \end{align}

である。オームの法則を使うと(使える抵抗がついているとモデル化する) \(V_0 = RI_R\) なので

\begin{align} \frac{1}{R} = \pi\epsilon_{0}\frac{\chi_{R}(\omega_0)}{d^2} \sin[\chi_{\theta}(\omega_0)] \end{align}

ただし、これはジュール熱による損失が全て物質の応答関数による位相遅れだと仮定している。

一方、誘電正接は

\begin{align} \frac{I_R}{I_C} = \frac{1}{\omega C R} = \tan \delta \end{align}

と定義されている。 複素インピーダンスで考えると

\begin{align} I_C &= \omega C V_0\\ I_R &= \frac{V_0}{R} \end{align}

なのでこのようになるのだが、意味がわかりにくいので実数で考えてみる (複素表現は結局 \(\cos\) を実数、 \(\sin\) を虚数で表して便利に使っているだけで慣れればわかりやすいが、 なれるまで時間がかかると思う)。

実数の表現だと、\(V = V_0 \cos (\omega_0 t)\) のとき

\begin{align} I_C &= -\omega C V_0 \sin (\omega_0 t)\\ I_R &= \frac{V_0}{R} \cos (\omega_0 t) \end{align}

であるから、電流の和 \(I\) が

\begin{align} I &= I_C + I_R = \sqrt{\frac{1}{R^2} + (\omega_0 C)^2} V \cos (\omega_0 t + \delta)\\ \tan\delta &= \frac{I_R}{I_C} = \omega_0 C R \end{align}

となる。誘電正接が位相遅れを表現していることが明確になった。

再びジュール熱による損失が全て物質の応答関数による位相遅れだと仮定して、 前々節の結果と比べると、 \(E = -V_0 \sin(\omega_0 t)/d\) に注意して

\begin{align} \chi_{R}(\omega_0) &= \frac{d}{\epsilon_0 \omega_0}\sqrt{\frac{1}{R^2} + (\omega_0 C)^2}\\ \chi_{\theta}(\omega_0) &= \delta(\omega_0) = \arctan(\omega_0 C R) \end{align}

となる。則ち、\(\delta(\omega)\) は誘電関数の位相成分そのものである (十分小さければ実用的には \(\tan \delta \sim \sin \delta \sim \delta\) とみなせる)。

実際のコンデンサの \(\tan\delta\) がどの程度かはぜひ実際にメーカーのページにいって調べてみてほしい。

残った疑問

式の上では位相遅れを180度より大きくすることで実現できるが、 現実の物質では実現することはないだろうと思っている。 おそらく熱力学により禁止されるはずだがまだ考えられていない。

もちろん熱電変換という現象はいくつか知られているが、それらとジュール熱という散逸現象は別物と理解している。8

更新履歴

  • 2022-09-26 脚注を一つ追加
  • 2021-10-05 初版
  • 2021-10-07 誤字訂正、体裁修正
  • 2021-10-08 数式の表示をMathjax3に移行
  • 2021-10-13 式番号を削除

脚注:

1

この呼び方は個人的には正しくないと思う。電束密度とは電場 \(E\) であり、磁束密度は磁場 \(B\) である。

2

後で見るが、分極電流は電流だが、電場の時間微分は電流ではないのでこの変位電流という名前もあまり適切とは思えない。

3

なお、これに対してマクスウェル方程式を用いて \(\mathbf{j}\) を消去して、いわゆる連続の式の形に変形することで、 電磁場のエネルギー密度とその流れ (ポインティングベクトル) の満たすべき式を導くことができるが、ここでは詳細には立ち入らない。 ファインマン物理学などを参照してほしい。英語版なら無料で読める (The Feynman LECTURES ON PHYSICS) (2021-10-07 確認)。

4

断面積に全て同一の起電力がかかっていれば同様に考えて問題なさそうだが、 起電力の大きさが断面積の場所ごとに異なっている場合には、どう考えればいいのかわからない。 微小面積 \(\Delta S\) の細い導体ごとの経路を考えて足し合わせればいいような気がするが本当に大丈夫だろうか。

5

鋭い読者はここまで読んで、実は巨視的分極 \(\mathbf{P}\) を微視的分極の和で考えるのはやばいのではないかと気がつくかもしれない。 実際まずくて、実は電気分極の和は必ずしも巨視的分極と一致しない。 そしてこのままでは分極と磁化には不定性がついてまわり、それをなくすにはここで考えているよりも境界条件が多く必要であることもわかる。

6

このときはこう思っていたが最近考えが変わった。そのうち解説を書く予定。 (2022-09-26 追記)

7

どのようにこのモデル化がMaxwell方程式から正当化されるのかは実は筆者もわかっていない。 電磁気学と回路理論の関係はずっと気になっているままである。

8

熱電変換は難しい。 温度差を電気にする? (小形正男) (2021-10-05 確認)

著者: ril

Created: 2022-09-26 Mon 10:10

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