Faradayの法則は電磁気学の基本原理か?

目次

トップページへ戻る

結論

基本原理ではない。 Maxwell方程式とLorentz力を用いて、閉回路に対して導出可能な法則である。 ランダウ・リフシッツ『電磁気学I』第49節 (p256-257) に導出があるが、 説明が端的で少し難しく感じたので、その補足のつもりの説明を以下に記す。

説明

Maxwell方程式とFaradayの電磁誘導の法則

微分形のMaxwell方程式のいわゆるFaraday-Maxwellの式、

\begin{align} \nabla \times \mathbf{E} + \frac{\partial \mathbf{B}}{\partial t} = 0 \end{align}

とストークスの定理より

\begin{align} \oint_{\partial S} \mathbf{E}\cdot d\mathbf{l} = -\int_{S} \frac{\partial \mathbf{B}}{\partial t}\cdot d\mathbf{S} \end{align}

は簡単に示せる。しかし実はこれはいわゆるFaradayの電磁誘導の法則 (以下Faradayの法則) と同じものではない。 これは磁場が変化する場合に閉曲線にそって生じる起電力が

\begin{align} V = -\int_{S} \frac{\partial \mathbf{B}}{\partial t}\cdot d\mathbf{S} \end{align}

と表せることを説明しているに過ぎない。 Faradayの法則は、導体のループがあるとき、導体のループが時間変化するときにも起電力が生じることまでを主張している。 つまり、起電力は

\begin{align} V = -\frac{d}{dt}\int_{\Sigma} \mathbf{B} \cdot d\mathbf{S} \end{align}

と表される。導体ループの囲む領域 \(\Sigma\) が時間変化しない場合はこの2つが一致することは明らかだろう。

そもそも起電力とは

起電力とは、ある経路に沿って電荷を運動させるエネルギーを与える機構のことである。 起電力が単位電荷あたりに与えるエネルギーのことを起電力の大きさといったり、たんにそのことも起電力と呼称したりする。 閉回路 \(C\) 起電力 \(V\) が生じているとは、 \(C\) に沿って単位電荷を1周させたときに獲得できる獲得エネルギーのことである。 電荷を1周させたときに起電力がする仕事といってもよい。

すなわち、回路中の電荷が受ける力を \(\mathbf{F}(t,\mathbf{x})\) とすれば、

\begin{align} V(t) = -\oint_{C(t)} \mathbf{F}(t,\mathbf{x})\cdot d\mathbf{l}(t,\mathbf{x}) \end{align}

別に電荷が瞬時に一周するようなことを考えているわけではなく、 あくまである時刻 \(t\) の状況が変わらなかったとして、電荷を一周させたときの状況を考えている。 導体のように各点各点に電荷がある場合は回路一周あたりで電磁場から導体の閉回路全体に 与えられるエネルギーに相当する。

今考えているのは起電力を担うのが電磁場であるケースである。 つまり \(F\) がLorentz力である。

単位電荷に対するLoretz力が与える微小仕事 \(\mathbf{F}\cdot d\mathbf{l}\) は導体の各点各点の静止系で考えれば、

\begin{align} \mathbf{F}\cdot d\mathbf{l} = \mathbf{E}\cdot d\mathbf{l} \end{align}

であり、磁場は仕事をしない。なぜならば、その経においては磁場は電荷の変位に対して常に垂直方向にしか力を及ぼせないからだ。 しかし、導体が動いている系においては、磁場によるLorentz力は電荷の変位に対して常に垂直を保てないために、仕事ができる。1

Faradayの法則の導出

十分に細い導体による閉回路を考える。導体に沿った閉曲線を \(\partial \Sigma\) として、その囲む領域を \(\Sigma\) とする。 起電力 \(V\) は

\begin{align} V=\oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot d\mathbf{l} \end{align}

である。ただし、\(\mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\) は導体中に束縛され、 導体とともに運動している電荷が、導体の静止系において感じている電場である。 したがって、導体の変位を \(\mathbf{u}(t, \mathbf{x})\) とすれば、

\begin{align} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}} = \mathbf{E} + \frac{d \mathbf{u}}{dt} \times \mathbf{B} \end{align}

となる。ただし、変位の時間変化は光速より十分遅いとしている。 線積分を面積分に直すと、

\begin{align} \oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot d\mathbf{l} &=\oint_{\partial \Sigma} \left(\mathbf{E} + \frac{d \mathbf{u}}{dt} \times \mathbf{B} \right)\cdot d\mathbf{l}\\ &=\oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E} \cdot d\mathbf{l} +\oint_{\partial \Sigma}\left(\frac{d \mathbf{u}}{dt} \times \mathbf{B}\right) \cdot d\mathbf{l}\\ &=\int_{\Sigma}\left(\nabla\times \mathbf{E}\right) \cdot d\mathbf{S} - \oint_{\partial \Sigma} \mathbf{B} \cdot \left(\frac{d \mathbf{u}}{dt}\times d\mathbf{l}\right)\\ &= -\int_{\Sigma} \frac{\partial \mathbf{B}}{\partial t}\cdot d\mathbf{S} - \frac{\partial}{\partial t} \left(\int_{\Sigma}\mathbf{B}\cdot d\mathbf{S}\right)_{\mathbf{B} = \mathrm{const.}} \end{align}

となる。ただし、

\begin{align} &\frac{\partial}{\partial t} \left(\int_{\Sigma}\mathbf{B}\cdot d\mathbf{S}\right)_{\mathbf{B} = \mathrm{const.}}\nonumber\\ &= \lim_{\Delta t \to 0}\frac{1}{\Delta t} \left(\int_{\mathbf{x}\in\Sigma(t + \Delta t)}\mathbf{B}(t,\mathbf{x})\cdot d\mathbf{S}(t,\mathbf{x}) - \int_{\mathbf{x}\in\Sigma(t)}\mathbf{B}(t,\mathbf{x})\cdot d\mathbf{S}(t,\mathbf{x})\right) \end{align}

の意味である。 したがって

\begin{align} V =- \frac{d}{dt}\int_{\Sigma} \mathbf{B} \cdot d\mathbf{S} \end{align}

が言える。もっと正確に書くなら

\begin{align} V &= -\frac{d \Phi}{dt}\\ \Phi(t;\Sigma, \mathbf{B}) &=\int_{\mathbf{x}\in\Sigma (t)} \mathbf{B}(t,\mathbf{x}) \cdot d\mathbf{S}(t,\mathbf{x})\\ \end{align}

だろうか。

以上見てきたように、Faradayの法則は基本原理ではなく、Maxwell方程式とLorentz力から導体 (導体じゃなくても物質なら大丈夫か?) の閉回路という特別な場合について成り立つ法則であることがわかった。

コメント:何が混乱の原因か

電荷が導体とともに動くことと単に積分経路を変更することは意味が違い、これが混乱の1つの原因になった。単位積分経路を変形するだけなら、電荷は動 かないので別の話になる。あくまでFaradayの法則は物質に束縛された電荷が、物質が動くことに伴って強制的に運動することに起因する。マクロに見ると、 閉回路を動している力がする仕事が、磁場を介してLorentz力として物質中の電荷に与えられていることになる。

Lorentz力の磁場成分は仕事をしないという固定観念もよくない (もちろん変位に対して直交してればしない)。

あとは電位差と電圧と起電力という言葉が紛らわしすぎるのも問題である。電位差はあくまでスカラーポテンシャルである電位の差なので、起電力とは別物である。しかし、電圧はどちらの意味でも用いられている気がする。

経緯

補足: エネルギーの保存について

磁場中を導体が運動する場合に外力がする仕事とその帰結については考えていなかったので、 この節ではそれを考える。 簡単のため1次元の導体1周のループを考え、Ohmの法則を仮定する。 ここで \(\mathbf{j}\) は導体外部で0であるとしよう。 外部電磁場を \(\mathbf{E}, \mathbf{B}\) とする。

磁場 \(\mathbf{B}\) 中を導体が単位長さあたり外力 \(\mathbf{F}\) をうけて変形している状態を考える。 単位長さあたりの変位を \(\mathbf{u}\) 、力を \(\mathbf{f}\) とする。

今考えたい導体各部が \(u\) の変位をする系での形は Lorentz変換して見ればよい。 導体の運動が光速より十分遅いとすれば、 (\(\gamma =1\) \(\beta = 0\) と近似して良いので)

\begin{align} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}} &= \mathbf{E} + \frac{d\mathbf{u}}{dt}\times\mathbf{B}\\ \mathbf{j}_{\mathrm{eff}} &= \mathbf{j} - \rho \frac{d\mathbf{u}}{dt} \end{align}

となる。

磁場中に電流が生じれば当然Lorentz力 \(\mathbf{F}_L\) を受ける。 その単位長さあたりの密度 \(\mathbf{f}_L\) を考えると

\begin{align} \mathbf{f}_L = \rho\mathbf{E} + \mathbf{j}\times\mathbf{B} \end{align}

となる。

導体の中の電荷が受ける力の合計が導体に力を及ぼすと仮定する。 したがって、導体各部の単位長さあたりの運動方程式は、その質量を \(m\) として

\begin{align} m \frac{d^2 \mathbf{u}}{dt^2} &= \mathbf{f} + \mathbf{f}_L\\ &=\mathbf{f} + \rho\mathbf{E} + \mathbf{j}\times\mathbf{B} \end{align}

外力が単位時間に単位長さあたりの導体にする仕事は

\begin{align} \mathbf{f}\cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} \end{align}

である。

導体ループを1周積分して、

\begin{align} \oint_{\partial\Sigma}\left(\mathbf{f}\cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt}\right)\cdot d\mathbf{l} &= n\oint_{\partial \Sigma} \left[ \left(m\frac{d^2\mathbf{u}}{dt^2} - \rho\mathbf{E} - \mathbf{j} \times \mathbf{B} \right) \cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} \right] \cdot d\mathbf{l}\\ \end{align}

が導体全体への仕事である。

まず、第1項

\begin{align} \oint_{\partial \Sigma} \left[ m\frac{d^2\mathbf{u}}{dt^2} \cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} \right] \cdot d\mathbf{l} &= \oint_{\partial \Sigma} \frac{d}{dt}\left[\frac{1}{2}m\left(\frac{d\mathbf{u}}{dt}\right)^2\right] \cdot d\mathbf{l} \end{align}

はとなる。

次に、第2項は

\begin{align} -\oint_{\partial \Sigma} \rho\mathbf{E}\cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt}\cdot d\mathbf{l} &= -\oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E}\cdot \left(\rho\frac{d\mathbf{u}}{dt}\right)\cdot d\mathbf{l}\\ &= -\oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E}\cdot \left(\mathbf{j} - \mathbf{j}_{\mathrm{eff}}\right)\cdot d\mathbf{l} \end{align}

と変形でき、 第3項は、

\begin{align} -\oint_{\partial \Sigma} \left[ \left(\mathbf{j} \times \mathbf{B} \right) \cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} \right] \cdot d\mathbf{l} & = \oint_{\partial \Sigma} \left[ \left(\frac{d\mathbf{u}}{dt}\times \mathbf{B} \right) \cdot\mathbf{j} \right] \cdot d\mathbf{l}\\ & = \oint_{\partial \Sigma} \left[ \left(\frac{d\mathbf{u}}{dt} \times \mathbf{B} \right) \cdot\left(\mathbf{j}_{\mathrm{eff}} + \rho\frac{d\mathbf{u}}{dt}\right) \right] \cdot d\mathbf{l} \end{align}

と式変形できるから、第2項と第3項の和は

\begin{align} &\oint_{\partial \Sigma} \left[ -\mathbf{E}\cdot\mathbf{j} +\left(\mathbf{E} + \frac{d \mathbf{u}}{dt}\times\mathbf{B}\right)\cdot\mathbf{j}_{\mathrm{eff}} + \rho\left(\frac{d \mathbf{u}}{dt}\times\mathbf{B}\right)\cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} \right] \cdot d\mathbf{l}\\ &=\oint_{\partial \Sigma} \left[ -\mathbf{E}\cdot\mathbf{j} + \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot\mathbf{j}_{\mathrm{eff}} \right] \cdot d\mathbf{l} \end{align}

以上をまとめると、

\begin{align} \oint_{\partial\Sigma} \left(\mathbf{f}\cdot\frac{d\mathbf{u}}{dt} + \mathbf{E}\cdot\mathbf{j} \right) \cdot d\mathbf{l} & = \oint_{\partial\Sigma}\left( \frac{d}{dt}\left[\frac{1}{2}m\left(\frac{d\mathbf{u}}{dt}\right)^2\right] + \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot\mathbf{j}_{\mathrm{eff}} \right)\cdot d\mathbf{l}\\ \end{align}

となる。

この式は左辺が導体に対して行われた仕事で、 右辺が導体が獲得したエネルギーに相当する。つまりエネルギー保存則である。

左辺第1項は外力が、第2項は外部電場が導体に対してする単位時間あたりの仕事を表す。 結局電場のみが仕事をし、磁場は仕事をしていないことがあらわに示されているといえる。

右辺第1項は導体を接線方向に運動させる力学的な仕事を表しており、導体が獲得する運動エネルギーに相当する。 右辺第2項は電場が導体の接線方向にした仕事で、後半は起電力

\begin{align} V &= \oint_{\partial \Sigma} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot d\mathbf{l}\\ \end{align}

が与える有効電場が導体内部の電荷に対して行う仕事である。 つまり外力と電場が導体に対してした仕事のうち導体の力学的なエネルギーではない、内部エネルギーとでもいうべきものである。 これは結局全て導体の熱エネルギーになることが実験的に知られており、Joule-Lenzの法則と呼ばれる。

さらに、 微小な区間に区切った導体のそれぞれの静止系で、 Ohmの法則

\begin{align} \mathbf{E}_{\mathrm{eff}} = \sigma \mathbf{j}_{\mathrm{eff}} \end{align}

が成り立つと考えれば、\(L\) を導体の周長として

\begin{align} \oint_{\partial\Sigma}\left( \mathbf{E}_{\mathrm{eff}}\cdot\mathbf{j}_{\mathrm{eff}} \right)\cdot d\mathbf{l} &=\sigma L |\mathbf{j}_{\mathrm{eff}}|^2 \end{align}

と右辺第2項を見慣れたJoule熱の式に変形できることもわかる。2

また、電磁場に関するエネルギー保存則

\begin{align} \frac{\partial u}{\partial t} + \nabla\cdot\mathbf{S} &= \mathbf{E}_{\mathrm{total}}\cdot\mathbf{j}_{\mathrm{total}}\\ \end{align}

が成り立つように電磁場のエネルギーを定められる。 一意に定まりはしないが、電磁場のエネルギー密度\(u\)とその流れ\(\mathbf{S}\)は

\begin{align} u &= \frac{1}{2}\left(\epsilon_0|\mathbf{E}_{\mathrm{total}}|^2 + \frac{1}{\mu_0}|\mathbf{B}_{\mathrm{total}}|^2\right)\\ \mathbf{S} &= \frac{1}{\mu_0}\mathbf{E}_{\mathrm{total}}\times\mathbf{B}_{\mathrm{total}} \end{align}

とすればよいことが知られている。 もっと複雑な形も考えられるが、これが実験結果に合わないという報告は今の所ない。 場は外部電場と導体の電荷密度、電流密度が生み出す場の合計を考えなければならない。3

例えば、外部磁場の時間変動がなくても、 外力や外部電場の効果で電流が生じると磁場が変化する。 例えば導体のループが広がり、それを貫く磁束 \(\Phi\) が増えると、 それを打ち消すように電流が生じるため、 全磁場は減少する方向に変動し、全系の磁気エネルギーは減少するが、 磁場の時間変動により電場が生じ、電磁場のエネルギーとしては (電場が導体に仕事をした分を差し引いて) 保存するのである。もちろん逆方向の変化で磁気エネルギーが増える場合も考えることができる。 どのような場合でもエネルギー保存則は成り立っていると考える。

更新履歴

  • 2021-10-03 初版
  • 2021-10-07 脚注を追加
  • 2021-10-08 数式の表示をMathjax3に移行し、さらに数式番号を表示するように設定
  • 2021-10-09 「外力が導体にした仕事が一部熱に変換されることの説明」を追加
  • 2021-10-12 「外力が導体にした仕事が一部熱に変換されることの説明」を「補足: エネルギーの保存について」に改定し、静磁場だけでなく一般の場合について示した
  • 2021-10-13 数式番号の表示を削除
  • 2021-10-14 ZVS_85氏の指摘を受けて一部表現をわかりやすく書き直した

脚注:

1

ただし、エネルギーを失うのは、導体を動かしている外力 (導体の変位と外力の積分の仕事をする) であり、その仕事がローレンツ力を介して導体中の電荷に与えられることで起電力が生じている。 外力がする仕事と起電力が生じることによって失われる仕事が等しいため、電磁場のエネルギー収支は0であり、 結局静磁場は仕事をしているわけではないと言える。

2

Joule-Lenzの法則は電場が物質系にした仕事 \(\mathbf{E}\cdot\mathbf{j}t\) は全て熱に変換されてしまうという (ある意味悲しい) 法則であり、 ミクロなモデルを構築する際の1つの制約条件となる。 よく知られている \(RI^2t\) はOhmの法則が成り立つときのJoule熱を表す式でありJoule-Lenzの法則そのものではない。

3

ここで外部磁場そのものが直接電流による磁場の影響を受けるわけではないことに注意しよう。 外部磁場は例えばそれを生み出す外部の電流密度が変動しなければ変化しない。 ただし、導体の電流密度が磁場を生み、その磁場が外部の電流密度を変化させた結果として外部磁場が変動することは許される。

著者: ril

Created: 2021-10-14 Thu 01:11

Validate

inserted by FC2 system